勿論、幸せになりたい。

想い想われマンドリル

母の日ごっこ

前回の記事についてですが、兄2を天使と書いたのは「○○ちゃんマジ天使」的な大変軽いニュアンスのつもりでした。

まさかそれがメンヘラ臭を強化することになるとは夢にも思わず、一単語で人を説明するのは難しいなぁと思いました。

いい言葉が見つからなかった結果ネットスラングに逃げたことを反省します。

 

 

そしてメンヘラについてですが、私自身の認識としては「自分は広義のメンヘラではあるが狭義のメンヘラではない」というところかと思っています。

通院歴もなければ薬も飲んでおらず、自傷をしたこともなく、特に自分の精神状態が原因で社会生活に大きな支障をきたした経験もありません。(最近まで会社員でした)

でも多分病院にかかって過去の話をすれば色々な名前がつくんだろうとも思います。ACとか。

 

ただ現代社会では15人に1人以上の確立でうつ病を経験するそうなので、狭義のメンヘラ以外はあんまり言っても仕方がないような気がしています。

診断を受ければ人格障害になるって人も多分多いと思うし。

とは言え「ぐだぐだうっせーんだよこのメンヘラ!」と思うのは皆さんの自由です。

 

 

余談ですが最近バイトを始めました。

そのバイト先に「オタサーの姫」みたいな子がいて、容姿がいいけど不安定な子というのも大変だなとちょっとだけ思いました。

見るからに「可愛いオタク」なんだけど、メイド喫茶にいるようなアッパー系の子とは違う感じなんですよね。

顔は心底羨ましいけど!!

 

 

 

本題に戻って母の日の話。

 

夫の母(以後姑)はとても可愛い人です。

結婚前夫に「お嫁さん(私)と二人でお買い物に行ったりするのが夢なの♪」と背景に花を飛ばしながら語ったところ、夫から「母さんは姑とそんなことしたかったの?」と一刀両断され、「そうか…私姑なのね。姑…」とかなり落ち込んでいたらしい。

姑は夫の祖母(所謂大トメ)のことでそれなりに苦労し、夫もそれを見て育ちました。
その夫が「僕がお母さんを守るんだ!」から嫁の味方にナチュラルにスライドしてくれたのは本当にありがたかったです。

 
それから姑は「過干渉な姑には絶対になるまい」と強く心に決め(夫談)、比較的近所に住んでるにも関わらず必要最低限の連絡しかして来ません。
私に参加を促してくるのは冠婚葬祭を除けば盆と正月、それと義兄(夫姉の配偶者)も参加する行事、この三種類のみです。

具体的には次回が甥姪熱望の親族BBQ、その次は多分お盆です。

夫の姉もそう遠くない場所に住んでおり、夫両親+夫姉+甥姪で出掛けたり、甥姪を夫両親に預けたり、また姑と夫姉のみで出掛けたりというのはかなりの頻度で行われているようですが、私がそこに参加するという話は一度も出てきていません。
仕事を辞めた今も私の扱いは多忙な義兄と同列です。
 
姑とは基本的にメールで連絡を取っているのですが、そのメールも必ず私と夫の同時送信で、どちらかから返事があればそれを私夫婦の総意とみなす、というシステムになっています。(姑発案)
このメールは毎回時候の挨拶から始まるとても気を遣った文面で、何とも微笑ましいのでせっせと保存しています。
大体最後はお体に気をつけて~という感じで結ばれており、全編超敬語です。
実際に話すと当然もう少し砕けた関係で、姑はほわっとした人なので、気を張って書いてるんだろうなぁというのがとても伝わります。姑可愛いです。

 先日その姑に母の日のプレゼントを贈りました。
母の日、父の日は結婚して初めて参加した行事です。

姑は私にはすでに何でも持っているように思えるので、プレゼントは毎回当たり障りのない物にしてしまうんですが、それでもいつもよりはしゃぎ気味のメールを送ってくれます。

お世辞だとしても嬉しいし、深く感謝しています。

とりあえず嫌われてはいないと信じて、できるだけこのまま、良い距離で良い関係でいたい。

夫との縁ももちろんですが、姑との縁も大事にしていきたいと思います。

 

 

 

最近夫がチャーミーキティがキティちゃんの飼い猫だと知って愕然としていたのが面白かったです。


夫「もう今までと同じ目でキティちゃん見れないわ…」

魂の背骨をへし折って調教

タイトルは内藤朝雄さんの「いじめの構造」から。

今日の記事の内容はちょっと悩んだんですが、兄の話は以前からしたかったので思い切って書いてみたいと思います。

 

 

私は意外にも自殺を具体的に考えたことがありません。

漠然と消えたいとか死にたいとか思うことはいくらでもあったんですが、それはあくまで空想で、実際に何をどうやってどんな手順で死ぬかということを考えたことはありません。

 

私には兄が二人います。

一人は毒親と同じように私に接する人間で、もう一人は正しく「お兄ちゃん」です。

父(毒)、母(毒)、兄1(毒)、兄2(天使)、私という感じです。

兄2についてはもう突然変異としか思えないんですが、小さい頃から私を名前で呼び、心配し、面倒を見てくれる人でした。

兄2が父と同じ体格になったぐらいから、何度も私を庇ってくれました。

私が家を出てからも心配してメールをくれたり、どうにもならなくなった時にお金を用立ててくれたり、ただひとり私が家族だと思う人です。

 

父は私にのみ頻繁に手を上げる人で、そのせいか私は小さい頃からとても自己肯定感の薄い子供でした。

兄二人に対しては両親とも普通の親だと思います。

私は物心ついた頃にはすでに両親にとって不要な人間で、それどころか名前も「適当につけたから意味なんかない」という始末です。

よくある名前なので別に構わないんですが、小学生の頃「おうちの人に自分の名前の由来を聞いてみんなで発表し合いましょう」という授業をされた時はさすがにこたえました。

 

10歳になる前ぐらいの頃、父にふっ飛ばされガラス戸につっこんだことがありました。

父は一通り気が済んだら勝手にどこかに行くので、その後始末をするのは私の仕事で、まだ子供だった兄2は父がいなくなった後そーっと降りてきて何度も片付けを手伝ってくれました。

物が倒れたり床にばら撒かれたりという程度のことはよくあったんですが、その日はガラスが割れてしまったので見るからに面倒な状態で、さらに少し怪我をしていたのと、また明日には父から「ガラス代を払え」と言われるんだろうなというのが重なって、私はいつにも増してとても憂鬱な気分になっていました。

しばらく何もする気が起きずぼーっと座っているといつものように兄2が降りてきて、私に声を掛けてくれました。

兄2はとても焦った様子で「大丈夫?」「今どこが痛い?」「血が出てる」「明日病院に行こう」とまくし立ててきましたが、私は何となく虚ろな気分で「いい、もう死にたい」と言ってしまいました。

もちろんこれも明日どこかから飛び降りようなんて具体性はなく、全部面倒だから放棄してしまいたいという単純な現実逃避からでした。言うなれば冗談です。

でも兄2にはそう聞こえなかったようで、兄2は私の手を強く握りながら「ごめん」と言いました。

その時の兄2の泣きそうな声に大変なことをしてしまったと思いました。

兄2が泣いたところを私が見たのは今に至るまでその日一度だけです。

 

今となっては親のために死ぬなんて馬鹿馬鹿しくて考えられませんが、その頃の私を思いとどまらせてくれたのは兄2の存在が大きかったと思います。

タイトルのように、子供の頃早々に魂の背骨を折られ、それからずっと直る間もなく押さえつけられていました。

この生活を続けるか、それとも死ぬか。選択肢はそれだけで他の可能性なんて知らなかったし、考えられなかった。

そういう成長の過程で学習性無力感を獲得したような人間にとって、死ぬ以外にいくらでも選択肢があったという意見はあまりピンと来ません。

背骨が折れても足があるんだから走って逃げろというのは、あまりにも乱暴に思えます。

 

自分のことについても運が悪かったといえばそれまでで、皆それなりに不運な目に遭いながら生きていると思います。

でも個々の不幸の規模は当然違って、完全に幸せな人も完全に不幸な人も存在しない、全員が灰色な状態だとしても、その灰色には無限の濃淡があって、明度の違いが何倍、何十倍に及ぶことも当然あると思います。

「自分ならそこで死んだりしなかった」というのはとても無責任で失礼です。

その言葉に何の意味もありません。

 

 

かといって自分が何かいいことを言えるわけではないんですが、先ほどの兄2との件などから自分が自殺を回避できた理由を考えてみました。

 

まず、有限の地獄には終わりがあること。

今が辛くて他のことなんて何も考えられない、それは当然のことだと思います。

でも進学、退職、引越しなど人生には環境がガラッと変わるタイミングがいくつかあります。

 その日にたどり着けたら勝ちです。

 

次に、根本の原因が解消されなくても、空気抜きをできる方法があるかもしれないこと。

追いつめられてる時は0か100かという極論に走りがちなんですが、今にも決壊しそうな河川も水量が10%減るだけで持ちこたえられる期間がかなり延びます。

 

そして、その10%の水量を減らしてくれる手段を明日、誰かが思いもよらない手段でもたらしてくれるかもしれないこと。

人生は運の要素も大きいので、自分にできることだけで結果が決まるはずありません。

 

 

私の幸運は兄2がいたことです。

兄2の不幸は私がいたことかもしれませんが。

 

 

昨日からはてな女子

晴れてはてなから女子認定されました。スピード感抜群ですね。

はてな女子に続いてはてブに「ガールズ」が出来た以上はてなは女性ユーザーを求めているということだと思いますので、大手を振ってはてなに巣食いたいと思います。

 

結婚の話以上にこれ↓

アニメヒロイン総白痴 - 勿論、幸せになりたい。

が伸びててびっくりしました。

タイトルが乱暴だからでしょうね。

何についてもそうなんですが、ブログに書いてるようなことは「この時点ではこう思っていた」という程度のものなので、皆さんのブコメとかツイートとか見て再考したり認識を改めたりしています。

大変下衆な表現になりますが、バカ女の間違った言説を契機に男性ユーザーがブコメで盛り上がってるのが非常にはてならしくていいなぁと思いました。

自分の周りでそれが起こっていることについてはちょっと不思議な気分ですが。

こんなに皆さんに構ってもらえるのも今だけだと思いますので、貴重な体験として楽しませて頂いてます。いえーい

 

 

たまに休日家で映画を見ます。

つい先日もディズニー映画の魔法にかけられてを見ました。

超今更な上にアナ雪じゃなくてすみません。

これがなかなか面白かったです。

要約(ネタバレ)するとアニメの世界から現実に落とされたディズニープリンセスがバツ1子持ちの弁護士に取り入って弁護士とその恋人の仲を裂き、更に追ってきた王子様を裏切って弁護士とくっつく話です。

ついでに振られた側の弁護士の恋人と王子様がくっつくので万事解決。めでたしめでたしです。

 

とにかく現実に現れたプリンセスと王子様のうざさが秀逸で、この二人の現実においての異常性や価値観の薄っぺらさをディズニー側がばんばん提示してくれます。

特に王子様のナチュラルボーン王子っぷりには目を瞠るものがあり、全くの役立たずのくせに超上から目線です。「ごきげんよう下民ども!」って感じです。

更に打算的に恋人を選んでいたくせに最終的には若く可愛いだけのプリンセスに転んだ弁護士の愚かさや、キャリアウーマン然としながらお姫様願望を捨てきれないその恋人のありがちな女性像も相俟ってハッピーエンドなのに苦笑いを誘います。

そしてプリンセスは腐ってもプリンセスで、略奪愛のうえに王子様を裏切りますが、(更に鳩や鼠、ゴキブリなどの害獣・害虫を室内に大量に召還したり、持ち主に許可を取らず室内のファブリックを破壊したりします)終始無自覚の愛されキャラとして描かれています。さすがの女子力です。

以前いた会社の先輩(女性)が「本当の女子力とはワイン講座やサルサダンスを習うことではなく、自分の適性を見極めて人生設計通りに売り抜けることだ!!」と熱弁していたのを思い出しました。

最近見たディズニー映画ではラプンツェルの躁鬱っぷりと並んで面白かったです。

未見の方はぜひ!

 

ちなみに今映画館で見たい映画はウシジマくんです。

アメージングスパイダーマンも気になりますが1がもにょもにょする感じだったのでちょっと悩みます。

近年見た洋画で一番好きなのはバトルシップです!おすすめ!!