勿論、幸せになりたい。

想い想われマンドリル

魂の背骨をへし折って調教

タイトルは内藤朝雄さんの「いじめの構造」から。

今日の記事の内容はちょっと悩んだんですが、兄の話は以前からしたかったので思い切って書いてみたいと思います。

 

 

私は意外にも自殺を具体的に考えたことがありません。

漠然と消えたいとか死にたいとか思うことはいくらでもあったんですが、それはあくまで空想で、実際に何をどうやってどんな手順で死ぬかということを考えたことはありません。

 

私には兄が二人います。

一人は毒親と同じように私に接する人間で、もう一人は正しく「お兄ちゃん」です。

父(毒)、母(毒)、兄1(毒)、兄2(天使)、私という感じです。

兄2についてはもう突然変異としか思えないんですが、小さい頃から私を名前で呼び、心配し、面倒を見てくれる人でした。

兄2が父と同じ体格になったぐらいから、何度も私を庇ってくれました。

私が家を出てからも心配してメールをくれたり、どうにもならなくなった時にお金を用立ててくれたり、ただひとり私が家族だと思う人です。

 

父は私にのみ頻繁に手を上げる人で、そのせいか私は小さい頃からとても自己肯定感の薄い子供でした。

兄二人に対しては両親とも普通の親だと思います。

私は物心ついた頃にはすでに両親にとって不要な人間で、それどころか名前も「適当につけたから意味なんかない」という始末です。

よくある名前なので別に構わないんですが、小学生の頃「おうちの人に自分の名前の由来を聞いてみんなで発表し合いましょう」という授業をされた時はさすがにこたえました。

 

10歳になる前ぐらいの頃、父にふっ飛ばされガラス戸につっこんだことがありました。

父は一通り気が済んだら勝手にどこかに行くので、その後始末をするのは私の仕事で、まだ子供だった兄2は父がいなくなった後そーっと降りてきて何度も片付けを手伝ってくれました。

物が倒れたり床にばら撒かれたりという程度のことはよくあったんですが、その日はガラスが割れてしまったので見るからに面倒な状態で、さらに少し怪我をしていたのと、また明日には父から「ガラス代を払え」と言われるんだろうなというのが重なって、私はいつにも増してとても憂鬱な気分になっていました。

しばらく何もする気が起きずぼーっと座っているといつものように兄2が降りてきて、私に声を掛けてくれました。

兄2はとても焦った様子で「大丈夫?」「今どこが痛い?」「血が出てる」「明日病院に行こう」とまくし立ててきましたが、私は何となく虚ろな気分で「いい、もう死にたい」と言ってしまいました。

もちろんこれも明日どこかから飛び降りようなんて具体性はなく、全部面倒だから放棄してしまいたいという単純な現実逃避からでした。言うなれば冗談です。

でも兄2にはそう聞こえなかったようで、兄2は私の手を強く握りながら「ごめん」と言いました。

その時の兄2の泣きそうな声に大変なことをしてしまったと思いました。

兄2が泣いたところを私が見たのは今に至るまでその日一度だけです。

 

今となっては親のために死ぬなんて馬鹿馬鹿しくて考えられませんが、その頃の私を思いとどまらせてくれたのは兄2の存在が大きかったと思います。

タイトルのように、子供の頃早々に魂の背骨を折られ、それからずっと直る間もなく押さえつけられていました。

この生活を続けるか、それとも死ぬか。選択肢はそれだけで他の可能性なんて知らなかったし、考えられなかった。

そういう成長の過程で学習性無力感を獲得したような人間にとって、死ぬ以外にいくらでも選択肢があったという意見はあまりピンと来ません。

背骨が折れても足があるんだから走って逃げろというのは、あまりにも乱暴に思えます。

 

自分のことについても運が悪かったといえばそれまでで、皆それなりに不運な目に遭いながら生きていると思います。

でも個々の不幸の規模は当然違って、完全に幸せな人も完全に不幸な人も存在しない、全員が灰色な状態だとしても、その灰色には無限の濃淡があって、明度の違いが何倍、何十倍に及ぶことも当然あると思います。

「自分ならそこで死んだりしなかった」というのはとても無責任で失礼です。

その言葉に何の意味もありません。

 

 

かといって自分が何かいいことを言えるわけではないんですが、先ほどの兄2との件などから自分が自殺を回避できた理由を考えてみました。

 

まず、有限の地獄には終わりがあること。

今が辛くて他のことなんて何も考えられない、それは当然のことだと思います。

でも進学、退職、引越しなど人生には環境がガラッと変わるタイミングがいくつかあります。

 その日にたどり着けたら勝ちです。

 

次に、根本の原因が解消されなくても、空気抜きをできる方法があるかもしれないこと。

追いつめられてる時は0か100かという極論に走りがちなんですが、今にも決壊しそうな河川も水量が10%減るだけで持ちこたえられる期間がかなり延びます。

 

そして、その10%の水量を減らしてくれる手段を明日、誰かが思いもよらない手段でもたらしてくれるかもしれないこと。

人生は運の要素も大きいので、自分にできることだけで結果が決まるはずありません。

 

 

私の幸運は兄2がいたことです。

兄2の不幸は私がいたことかもしれませんが。